第二七号(昭一二・四・二一)
 今次総選挙の意義          林内閣総理大臣
 総選挙と国民の覚悟         河原田内務大臣
 選挙と国民の務           文 部 省
 今回の選挙粛正           内 務 省
 選挙違反に就て           司法省刑事局
 選挙運動に就て           内務省警保局

今次総選挙の意義 林内閣総理大臣

 既に御承知の如く、今回衆議院が解散せられたのに就きまして、来る四月三十日を期して総選挙が行はれることになりました。国民諸君は悉くこの問題に関しましては既に重大なる関心をもたれ、国政の前途に関し真摯なる考慮を重ねて居られることゝ確信するものであります。
 今回の解散は既に政府に於て発表いたしました如く、決して単なる政見政策の相違を理由として行はれたものではないのでありまして、施政奉行(しせいほうかう)の基礎たるべき現下内外の時局に対する認識より出発したものであります。即ち従来の例に見る如き政府と議会とが政見の対立を来し、其の結果是非を国民の審判に問ふといふがために行はれたものでもなく、また政府の抱懐する重大政策を行はんとするに際し、先づこれを国民の輿論に聞くといふ形に於て行はれたのでもないのであります。依つてこの点を明かにして今次の総選挙の意義を閘明し、国民諸君の深甚なる考察の資に供し度いと思ひます。
 熟々(つら/\)現下内外の情勢を稽(かんが)へまするに、近時物質文明は著しい発展を遂げましたが、精神文明は之に伴はず、其のために世界を通じて異常なる思想の混乱を来し、思想の混乱は対立を生じ、対立は抗争に転じ、国際の間に於て国内に於て世界はあげて容易ならざる難局に直面致して居ります。
 かゝる情勢の下におきまして、列国の国民は非常なる決意を以て難局の打開を企図し、各々其の固有の国民精神の振興を図り、其の歴史と伝統の精粋を発揮して国民性に最も適合したる方途を以て、時勢に適切なる政治の革新を断行して国家の更生を企図し、民族百年の大計を以て著々として国家経営の歩をすすめてをるのであります。
 欧州に於てこれを見れば、ドイツ、イタリーは申すに及ばず、イギリス、フランスに於ても夫々革新的方策を講じ、以て難局の打開に邁進してをるのであります。また支那における民族運動の擡頭と国民政府の統一事業の進展、殊にアメリカ合衆国に於てすらも史上前例なき強力なる革新政策を遂行しつゝある事実の如き、悉くこれ世界の佯(いつは)らざる現状であり、世界の各国は国の強弱大小を問はず、今や相率ゐて時局の重要性に対する摯実なる認識の上に立ち、新しき出発点に立つて営々として民族の運命の打開に努めてをるのであります。
 今にして時局の重大性を顧みず、一日の安きを偸(ぬす)むがごとき国家民族はつひに老廃国として国運の衰頽を見るに至るでありませうし、また一度其の革新の方途を謬まりまするなれば、かのスペインの如き運命に遭遇せねばならないのであります。
 世界に於けるかくの如き澎湃たる民族主義の勃興は、他方国際政局の上に容易ならざる幾多の難問題を発生せしめるのでありました、列強は挙つて国防の充実整備に日もこれ足らざる有様であります。欧州政局の現状は申すに及ばず、東亜に於きましても帝国を繞る国際政局の機微なる動向は必ずしも楽観を許さゞるものがあるのでありまして、殊に隣邦ソヴィエト・ロシアが尨大なる軍備を備へて東方経略を企図しつゝありますのは、コミンテルンの陰険なる思想的侵略と相俟つて帝国の重大なる注視を要する所であり、また英米の海軍軍備拡張計画も我々の無関心たり得ないところであります。東亜に於きましても帝国を繞る国際政局の機微なる動向は必ずしも楽観を許さゞるものがあるのでありまして、殊に隣邦ソヴィエト・ロシアが尨大なる軍備を備へて東方経略を企図しつゝありますのは、コミンテルンの陰険なる思想的侵略と相俟つて帝国の重大なる注視を要する所であり、また英米の海軍軍備拡張計画も我々の無関心たり得ないところであります。
 かくの如き四囲の情勢下に於て、満洲国を育成して其の王道的発展を擁護し、東亜の安定勢力たる地位を確保して世界平和の保障たらんとする大国是を遂行せんとする帝国の使命たるや誠に崇高なりといふべきでありまして、其の前途に幾多荊棘の横はるを思ふとき、我々国民の重大なる決意が要望せらるゝのであります。
 飜つて国内各般の事情を按じまするに、明治以来皇室の御稜威と先人の苦心経営により国運は繁栄を加へ来たつたのであります。然るに近来動もすれば自由奔放を以てことゝし、或は功利に馳つて一党一派の利益を追求し、自己一身の利害のみを考へて全体を忘れ、国家の休戚を顧みざるが如き思想観念の瀰漫するを見るのであります。先人より遺された遺産の上に晏如として坐食し、自ら立つて自己の運命を開拓せんとする気魄に乏しく、徒らに低調なる不平不満を蔵して偸安を図るが如き心理の支配するは、果してわが光輝ある大日本帝国本然の姿でありませうか、かゝる思想の上に運営さるゝところ政治に、国防に、教育に、産業に、経済に、財政に徒らに相剋闘争のみ烈しくして所謂行詰り的現象を現はすに至つてをるのであります。かくの如き現象を以て何を以て国家百年の大計を樹て民族悠久の生命を長養することを得るでありませう。世界列国の国民が悉く燃ゆるが如き意気を以て国勢の発展を計画しつゝある中にあつて、帝国のみいつまでもかくの如き現状に止まりまするならば、国家の前途たるや寔に寒心に堪へざるものがあるのであります。
 かゝる内外の情勢に対処して政府は夙にこのところに思を致し、時弊を一掃し、時勢に適合したる革新を断行して国運進暢の基礎を鞏うすることこそ今日の急務なることを認め、先づ國體観念を愈々明徴たらしめ、大義名分を明かにして国民精神の振作を図り、個我を捨てゝ大義につき、朝野一致和衷協力、万民悉く一心一体となつて皇運を翼賛し奉る國體の精華を発揮し、これを以て時艱を克服せんことを期してをる次第であります。
 施政奉行の方途に関しましても、政府は前に其の政綱に於て明かに致しましたを如く聖旨を奉体して欽定憲法の条章に恪循し、わが國體に即せる立憲政治の健全なる発達を図り、民意に察し輿論に聞き、国民参政の畏き 聖旨を苟くも謬まらざるやう真に朝野一体となりて公議を尽し、宏遠なる鴻謨を翼賛し奉らんことを期してをるのであります。
 組閣梶X議会に臨むことゝなりましたのについても、政府は出来得る限りの努力を尽して予算案を始め時勢に於て最も緊要と認めらるゝ諸法律案を議会に提出し、其の協賛を求めたのであります。
 然るに衆議院に於ける審議振りに於ては兎角誠意の認め難きものが少くなかつたのみならず、殊に其の貴重なるべき延長後の会期に於ては故(ことさ)らに或は開会を遅延し或は流会に至らしむる等全く議案審議に対する誠意を欠いて、現下内外の情勢に対応して緊要なるべき溌多の重要法秦の進行を阻礙(そがい)し、延長せられたる会期も将に尽きんとして而も両院通過の法案は漸く提出案の半を越したるに過ぎず、遂には刑事裁判に繋属中の選挙違反者の責任を軽減若くは免れしむるが如き結果を生ずべき、極めて身勝手な衆議院議員選挙法中改正法律案を提出し、これに対し政府の同意を強要すると共に、当時衆議院に停滞せる政府提出の重要なる法律案の審議を止め、暗にこれが代償たらしめんとするかの態度に出づるに至つたのであります。
 かくの如き衆議院の態度は、果して真に時局の重大を認識し立憲の洪猷翼賛の誠を致せるものであるや否や、寔に疑なきを得ないのであります。若しかくの如きことが許されますならば光栄ある憲法機関たる公議の府は一朝にして其の権威を失墜し、わが欽定憲法に基く立憲政治の健全なる発達は何時の日に於てかこれを庶幾するを得ませう。議会刷新の急務の夙(つと)に唱へらるゝ所以もまた実にかくの如き処に根ざすものと思はるゝのであります。
 政府は深く思をこゝに致しました結果、当時議会に提案中でありました重要案件の不成立に終りますことは寔に残念ではありましたが、最早やかゝる個々の政策に執著して大義名分を謬まるが如きことは断じて許すべからざるものであることを確信して、茲に断乎衆議院の解散を奏請するに至つたのであります。  抑々帝国議会の制たるや、帝国憲法の上諭に於て

 「朕カ親愛スル所ノ臣民ハ即チ朕カ祖宗ノ恵撫滋養シタマヒシ所ノ臣民ナ
 ルヲ念ヒ其ノ康福ヲ増進シ其ノ懿徳良能ヲ発達セシメムコトヲ願ヒ又其
 ノ翼賛ニ依リ与(とも)ニ倶(とも)ニ国家ノ進運ヲ扶持セムコトヲ望ミ」
と仰せ出されたる如く、御親政の上に国民の献替を聞し召さるゝ有難き大御心のまゝに、欽定憲法を以て御制定を給はつた光輝ある国民の大政翼賛の機関であります。されば国民の公正なる輿論をこゝに映(うつ)し公に奉ずるの念慮を以て是非を論じ、政府と共に洪猷を翼賛し奉るこそわが帝国議会本然の使命なのであります。
 今や内外重大の秋に際し、この帝国議会の本質に鑑み、相共に携へて時局を担当せんとするも、今日の議会の現状に於て何を以てこれを期待するを得ませう。与党を有せざる政府と致し今回の事に出でましたるは、偏へにこの理由に基くのであります。即ちこの解散と以て議会の現状を打開し、来るべき総選挙に於ては其の所属する党派の如何は問はず、真に清明の心を以て共に時務の是非得失を論ずべき公明の士を得て、議会本然の使命の発揚せらるゝに至らんことを念願するに外ならないのであります。
 寔にこの臣民の翼賛に依り与に倶に国家の進運を扶持せんと宣はせられたるこの宏大なる聖旨に対し、国民としては何を以て御答へ申上げたら宜しいのでありませうか。我々は常に国家内外の情勢を充分に研究し国運の進暢発展を図るべき方途を按じ、何時如何なる時に於ても政治運用の時宜を判断し得るだけの準備をそなへて置かなければなりません。そして総選拳に際しては自己の平素抱懐するところの所信に基き時局を担当してよく大政を翼賛し奉るに値する立派なる国家的人材を選出し、これを鞭撻して皇運を扶翼し奉るこそ真に 聖旨に答へ奉る所以であり、忠節なる国民の御奉公であります。
 かくの如き国民参政の本旨に稽(かんが)へ、冀くは国民の健全なる政治的自覚を以て議会の革正を促し、この解散を以て政界革新の機縁となし、健全なる立憲政治発達の基礎を正し、依つて以て帝国憲政の本義を顕現するの階梯たらしめたきこと、これ政府の只管期望するところであります。
 今や総選挙に臨み政府は真に厳正公平、明朗なる選挙に依りて公正なる輿論の暢達(ちやうたつ)を図らんとするものであります。
 国民諸君はよく洪謨翼賛の重責に稽へ、時局の重要性と今回の総選挙の有する特別なる意義とを充分に了解せられ、国運の消長をこの一票に決するの覚悟を以て旧来の政弊を一洗し、真に 聖旨に答へ奉るべき立派なる議会を造り上ぐるの意気を以て、容易ならざる現下内外の時局を担当するに値すべき国家的見識を有する人士を選出し、以て時艱の克服を図り、洋々たる国運の前途を開拓せられんことを望んで止まない次第であります。