第一八号(昭一二・二・一七)
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 ヒトラー総統の議会演説に対する反響 外務省情報部
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ヒトラー総統の議会演説に対する反響 外務省情報部

    一 イーデン英外相の演説

 一月十九日、イギリス下院に於てイーデン外相はスペイン問題竝にヨーロッパの政情に関して演説したが、スペイン問題に就ては「スペインの擾乱は依然として苛烈であるがこれがためにヨーロッパ大戦に引込まれるといふ危険は減少した。干渉は同国の内乱を長引かすものであるが故に、吾人は終始これに反対する。スペインの政治組織はスペインが自分で決定すべきものであるが、内乱が終つた時に、或国がスペインを支配するやうになるであらうとの見方はスペインの国民性を知らない議論である。不干渉委員会の事業は予期したところの効果を挙げてゐないが、これはヨーロッパの執らなければならない正当な政策である。また義勇兵問題に関して各国がフランスの様な措置に出るならば、協定を結ぶことが容易となるであらう」と述べ、ドイツに関しては「ドイツの招来竝にそのヨーロッパに於ける行動は、今日のヨーロッパで最も関心を持たれて居る重大事である。ドイツは自分の国及ヨーロッパの運命を決定するところの実力を持って居る。若しドイツが他の国と完全な、そして平等な協力を選ぷならば全イギリス国民は、誤解を取除き平和及安寧を助成することに衷心から助力するであらう」と言つたのであつた。
 これに関してイギリスのタイムス、デーリー・ヘラルド等の諸新聞は、イーデン外相の演設はドイツに対する協力を訴へると共にドイツが協カを拒む場合に対する警告であると批評し、また従来ヒトラー総統統は再三平和への寄与といふことを唱へたのであるが、イーデン外相の声明はこれを実現しようとする招請であると論じたのであつた。
 またイーデン外相の演説がドイツに伝へられるや多大の反響を喚び起し、ベルリンの諸新聞はイーデン外相が一般国際関係及スペイン問題に関しては賛成の意を表しながら、ドイツに関して説いて居るところは認識不足である。ドイツの孤立独行政策はヴェルサイユ条約に基く国際情勢の結果で、ドイツとしては出来得る限り平和のため各国と協力するの意思はあり、ドイツの平和促進の提案に対してこれを取り上げず常に機会を失した過失は寧ろイーデン外相にあると反駁し、このイーデン外相のドイツに対する非難は、来るべき一月三十一日のナチス政権樹立記念日に際して、特に本年は四ケ年計画完成を機会に招集されるドイツ議会に於て、ヒトラー総統が更にヨーロッパ平和を提案しようとするのに先立つて、これにケチをつけようとするものであると非難したのであつた。

二 ヒトラー総統の演説

 果せる哉、一月三十日に開会されたドイツ議会に於てヒトラー総統は、二時間に亙つて過去四年間のナチス政権の事績を挙げ、第二次四ケ年計画に対する覚悟を披瀝し内政、経済、社会、労働、植民地問題及対外関係に就て大演説を試みたのであつたが、その中で対外関係に就ては上記のイーデン外相の、所謂ドイツの孤立政策を反駁してイーデン外相がドイツを誤解して居るのを遺憾であるとし、ドイツとイタリー、オースタリー、ハンガリー、ギリシヤ、スペイン諸国との友交関係を指摘すると共に過般の日独防共協定を強調し、これ等の実例はドイツが孤立政策を執つてゐない証拠であると述べ、なほ「ドイツは進んでイギリス及フランスとも協調しようと欲して居るばかりでなく、他の国の間の平和的接近、例へば最近の英伊及日伊協定をも歓迎するものである。ドイツは週去四年の間に於て既に平等権及国家的自由を回復した。戦争に敗れた小なる無力の国としで余儀なくされたヴェルサイユ条約上の署名を、今日限り取消すものであることをこゝに厳に声明する。ドイツは少しも領土的野心を持たない。一にヨーロッパの平和を欲するが故に、オランダ及ベルギーの不可侵を尊重する。外国に於ては偶々スペインに対する火事泥的の領土慾を宣伝するものがあるが、ドイツは自分の国の旧植民地を奪ひ取らなかつた国の植民地に対しては、何等の要求をもするの意思はない。スぺイン事件に関しては過般のイギリスに対する回答[註参照]に声明した通り、列国と共に義勇兵の救援を禁止するばかりでなく、既にスペインに居る自分の国の人々の中で関係して居るものを、何れも引揚げることゝするの用意がある」とドイツの態度を宣言したが、更に進んでボルシェビズム世界革命の害毒を攻撃罵倒し、これに対する日独防共協定の效力を強調して大喝采を博したのであつた。
    [註] 週報第十五号「英伊地中海協定と欧州の風雲」の十八頁参照

三 イギリスの反響

 このヒトラー総統の演説は勿論各国に相当な衝動を与へたのであるが、イギリスに於てはこれがイーデン外相の演説に対する反駁であるが故に最も大きな反響を起したのであつた。
 先づ代表的なタイムス紙は「ヒトラー総統は他国との接触を拒まぬが、ヨーロッパ大陸全体としての通商や、安全保障の増進のためにする協同的努力に加はらないことを示した。演説の中には幾多の矛盾がある。今や公の演説の時代は去つて、具体的の商議を必要とする時代である。イギリスのみがかうした商議を自由にすることが出来るものではないが、迅速な軍備拡張と各国の必要に適合する経済政策を取ることによつて、イギリスは平和に寄与しよう」と述べ、デーリー・テレグラフ紙は「ヒトラー総統の演説の中にドイツの協力実現を示す何物もないのは遺憾である。尤も対仏保障は結構であるがそれもソヴィエトに対する抗争の黙認を代償として居る。特にドイツの再軍備に関する部分は、それが目下のヨーロッパ不安の核心であることを忘れて居る。ドイツがヨーロッパ平和のため真にイギリスと協定を欲するならば具体的な提案を示すべきである」と非難し、マンチェスター・ガーディアン紙は「旧ドイツ植民地をドイツに返還するよりは、他の国の植民地を国際聯盟の支配の下に置き問題の一般的解決を図ることを主唱すべきである。然しこれもドイツの聯盟復帰、通商の自由、軍備の制限を含む一般的解決案の一部分である筈で、特にソヴィエト聯邦を終始敵観すべきではない」と論じ、デーリー・メール紙は「イギリスの政治家はヒトラー総統の演説を十分に研究すべきである。植民地返還要求に対しては特にさうである」と慨嘆し、ニュース・クロニクル紙は「ドイツが軍縮に目醒めない限りヨーロッパに平和は来ない」と慨嘆し、フアイナンシアル・ニュースス紙は「経済的協力と軍縮とは竝行すべきものであるが、ヒトラー総統の演説に於ては、フランス側の好まない独仏直接交渉を提唱し、ヨーロッパの一般的鎮静の希望を遠くした」と言ひ、サンデー・タイムス紙は「ヒトラー総統の演説は平和的声明と言ふべく、ヨーロッパ平和の希望は皆無ではない」と稍々好意を持ち、オブザーヴァー紙は 「フランスとソヴィエト及ソヴィエトとチェツコの協定が廃棄されない限り平和は危殆に瀕して居るばかりでなく、一般的戦争を惹き起すであらう」と憂へて居るのである。

四 フランスの態度

 フランスに於ては先づデルボス外相がヒトラー総統が演説した翌三十一日、シアトー・ルノーで行はれた大戦戦死者記念碑の除幕式に臨んで一場の演説を試みた中で、ヒトラー総統の演説に応酬して「吾人はヒトラー総統の平和に対する誠意は疑はぬ。仏独両国政府間に於ける意見の相違は、目的に就て存するのではなく、その手段に就て存するのである。条約の尊重は平和を維持する基礎条件の一つであるが、ヒトラー総統がまたもや一方的に条項を廃棄したのは遺憾である。然しヒトラー総統の演説は、例へば軍縮に関する部分のやうに建設的な分子を含んでゐる。殊にヒトラー総統が平和がドイツの求める最高の目的であり、ドイツはその実現に協力する意思のあることを声明したのは欣快とするところである。尤も吾人の実現せんとする協定は何れの国をも敵国とするものではない。ソヴィエト聯邦をヨーロッパ国際団体から除名しようとすることは不可である。フランス政府がヨーロッパの経済建設には平和の雰囲気を条件とするといふ時に、ドイツ政府は侮辱されたかのやうに感ずる傾向があるが、フランス政府は凡ゆる国、即ちフランス自身をも含めてこの言葉を云ふのである。音人は原料再分配問題の解決に協力する用意があるが、戦争を助長する結果となるやうなことは絶対に不可である。平和確立のためには軍事工業を平和的工業に改組しなければならない」と述べたが、パリの諸新聞はヴィクトアール、レピュブリツクの両紙が.無条件で賛成し、旧植民地の如きはドイツに返還してこの機会にヨーロッパ問題の一般的解決を策すべきであると云つたのに反して、タン、プチ・パリジアン紙等は内容を検討したばかりで不即不離の態度を取り、フィガロ紙は「ヒトラー総統の演説は何処の国とも衝突しないが、その代り何等現状の具体的な進捗を齎すものではない」と評し、アントエアンシジアン紙はヒトラー総統の態度が妥協的であることを指摘し、その他デバ、ジュールナール、エコ・ド・パリ、アミ・デュ・プープル、オルドル、エール・ヌーヴェル、ポピュレール、ユーマニテ紙等は「これによつてヒトラー総統がイーデン外相及ブルーム首相の提議した交渉の基礎[註参照]を排斥して、ヨーロッパ問題の一般的解決に積極的に参加する意思のないことが明らかになつた」として平和諸国の結合を主張して居るのである。
[註]  一月二十四日、フランスのブルーム首相はリオンに於て演説して「仏独間に直接交渉によつて恒久的協定を実現すべしとする議論はヒトラー総統の二国間条約政策に迎合するものでフランス政府の政策ではない。フランス政府は依然平和不可分説を執り聯盟及既存条約に忠実であり、ヨーロッパ問題の一般的解決を目的として仏独問題の解決を探究するであらう。ドイツの政治的譲歩を条件にこれに経済的援助を与ふべしといふ説は、仏独何れの国の面目の上からして同意し得ないところである。吾人はヒトラー総統の平和意見を疑はぬ。従つて他日相互の信頼及平等の原則の上に協定の成立するであらうことを信ずる。尤も経済的援助が軍備拡張を助ける結果となることは不可であるから、経済的援助と平和組織及軍縮とは相互関聯させなければならぬ。仏独問題対ヨーロッパ一般問題、経済協力対平和組織の密接なる連結は、これ即ち余の結論である」と述べて居る。

五 その他諸国に於ける反響

 ヒトラー総統の演説の中でベルギー及オランダ両国の中立保障に言及して居るのであるが、ベルギーの新聞は何れも気乗りがしない論説を掲げ、ナシオン・ベルジュ及ソアール両紙は条約を尊重しないドイツが与へる保障の価値がないのは明らかであると指摘し、エトアール・ベルジュ紙は大戦当時のドイツの態度を攻撃し、ベルギーがその新外交政策に基いて厳正中立を守るならばドイツは再びこれを侵すことがないであらう。従つてドイツの保障があるのはないに勝ると論じ、アンデパンダンス・ベルジュ及リーブル・ベルジク両紙はドイツの保障はベルギーの新外交政策が英仏独三国に諒解された結果であるとし、この政策の成功を説いて居り、その他ヴアンチエーム・シエクル紙はドイツの所謂中立がベルギーに西ヨーロッパ問題に対する不干渉を強いるものであるならば不可であると警戒して居る。
 オランダに於ては、ヒトラー総統がベルギー及オランダの中立を保障すべきことを関係国政府僻に通知したと述べたといふことが伝へられたので衝動を起した模様であつたが、これに関して今日迄何等の通知を受けてゐないと伝へられて居る。
 最後にソヴィエト聯邦に於ては、イズヴェスチヤ紙が「イーデン外相、ブルーム首相の提案に対するヒトラー総統の回答は否定の一語に尽きて居る。英仏側が孤立を清算し全ヨーロッパ協定に参加すべしと誘つたのに対してヒトラー総統は孤立でないとこれを揶揄して居り、日独防共協定に対しては平和事業に対するドイツの貢献であると吹聴し、ソヴィエト聯邦に対しては条約関係を拡張する意思のないことを宣言して居る。英仏殊にイギリスが逡巡しファッショの侵略工作に対して徒らに言葉を以てのみ対応する限りヒトラー総統の言動に奇蹟的の変更を期待するのは不可である」と批評し、プラウダ紙は「日独防共協定に比べればウィルヘルム二世の調印した軍事条約の如きは寧ろ無邪気の遊戯に類するものである。パリ、ジュネーヴ、ロンドンに於てはヒトラー総統の発明を以て単にソヴィエト聯邦のみならずイギリスを目標とするものであると見て居り、ドイツの軍隊のモロッコ上陸及ドイツとポルトガルとの間に調印されたアンゴラに関する条約はドイツが漸次英仏の植民上の利害の圏内に侵入することを物語るものである」と論じ、切りに他の国特にイギリスを引合ひに出して居るところは注目される点である。