第二号(昭一一・一〇・二一)
  電力統制の必要性              逓 信 省
  観艦式に就て                 海軍省海軍軍事普及部
  西班牙内乱を繞る欧州の政局(二)    外務省情報部

欧州の政局 (二) --- 西班牙内乱を繞りて --- 外務省情報部

 前回に於てはスペイン内乱が欧州政界の縮図の如き観あることを述べたが、今回はスペイン内部の政情竝にロンドンに於ける列国の対西不干渉実施国際委員会の動静を通じて欧州列強の動きを探らう。

革命的要素豊かなスペイン国情 
 曾ては無敵艦隊と植民大帝国を誇つたスペイン国も現在ではアフリカ西岸に点在するモロツコ、その他の植民地を除き、地中海のバレアーレス大西洋のカナリー両群島を併せ面積十九万五千平方哩、本国には山岳重畳丘陵起伏し、気候風土不順にして夏季
に入れば首都マドリッドに於ける政治外交の中枢機関は挙げてサンセバスチャンに移動を余儀なくさ
れるといふ始末だ。全人口は約二千三百万、地理的環境、自然条件の不遇は革命的要素の一因たるを
失はぬと同時に、国民の海外移住を促し毎年三十万の人口増加の捌け口を南米に求めつゝある。国民
の大多数はカトリック教信奉者、イタリーの対西関心には政治的目的の外一聯の宗教的連鎖が暗示さ
れてゐる。昭和六年四月の共和制樹立迄はカトリック教会が教育権を掌握してゐたものゝ一般に教
育文化の程度低く全人口の四割五分が無智蒙昧の徒であると云ふから、革命的煽動政治家には持つて
来いの舞台であつた。本来農業国で鉱業牧畜も旺ではあるが、工業は醸造業の外、まだ発達道程を辿
りつゝある繊維工業あるに過ぎず、政情不安、貿易不振から来る政府の赤字財政は結局失業群を呼び、
昭和十年の如き失業者六十一万に達し罷業頻発して年々六、七百件に上るといふ香しからぬ盛況だか
ら、此処でも革命分子は跳染を恣にし得る訳だ。
 民族性は概して熱情的且闘争的であつて溌多の犠牲を沸つて讐上げね耗曾政治にも狗らず、諌事
托於て日的を薙し得られない時は、符上に於ける血屡き直接行動に訴へて悌ら氾とい壷風を保存
し、敢曾屠もその特色とする虞は、少政の大費本家及び乙れに加綺する軍閥と穿働階級とが常に対臆
的地位に立つて嫉観反日し、左右雨浜の摩操に油シ義すべき中産階級は勢力胞攣在つて無きが如き
存在だと云はれる。
′スベイソ内乱の席可避性は最堀数ケ年糊の同固政率の数々を想起しても浄期し得られた虞である・
帥ち昭和六年四月の線遽畢に際し主な都曾に於て共和賓成汲が績々大腱む占むるや、囲王アルフオ氷
ゾ十三世はフラソスへ衰塵し、ブルボソ王朝五十五年の治世は夢の如く滑え、粛二典和制が宣布され
るに霊つね。同告ハ月意法制定の食の粥令の線選畢行はる1や、左翼の典和浜及敢貪俵怨優勢を示

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し、左翼二九一、中央汲ニニ六に対し右翼は僅に出この耗畑む占めたに週ぎず、同年十二月新悠法制
定され、アルカず雪フ氏正式大統領に遽拳されねが、新窓法は轟敢の由由、余数閲槻の取締解散、数
食肘塵の圃有及数合数嘉の剣奪、私有財鹿の強制収用滋地方自治分樺制度の強他などカト,ヅク沢、
費鹿階級及冶翼の心臓む術くが如き渦激な政発のみを規定せる結果、その反動として昭和八年秋の新
憑法に依る筋一同絶遊拳に於ては薪架卦中央淡の聯合はお瓢む髄治して優位む蜂禅、礪凍本年二月の
粛二岡線遊拳に室づたが、朽禽の介野は宕繋ニ〓ニ、忠ハ沃一二二、左現〓】九と希瓢は多政を冶め
ながち池牛救に壌せぎる為め中央派を安持する乙とにょさ政樺む錐持してゐね。井の開左繋渚派は嶽
動、ゼネスト等禅意の術上進出轟み、遊に昭和九年十月カク甘1−ア州由治制間壇に閥しアスツータ
ア・カクрア−ア地方の大榛曹惹起しね。・いはゆる十月茸は帥ち之で此の革命は政府の徹底的押舶
にょつ<失敗に蹄したが、爾凍ヌベイソ各地は物僻騒然、到る所戎厳令が布かれ、靖禽に於ては、左右
の対立坑争蛮J尖餞化し、政局動格の結果昨年十二月よ鼻本年正月に亘る政礎にょ鼻耗禽は解散さ
れ、ニ月欝二同線警拳行される乙とゝなつね。邁拳戦は激烈を梅め、左現の弗和演、合同弗和演、
敢纂」典売蕗、サyヂイカyスト等は人民職線の名の下に反フアツyヲデ†ツクを形成し、希翼
はポプラル・ア〆ラ,アソ蔑、カトクツク囲礎、王灘、痢粋蕗を糾合して反マルクシズム、反典箆草
命の弗同勒線を張つて、相率つね。絶迭拳の鮨弟は一般の期待姦切さお謁一凹ニ、中央六五に対し、
人窃線浜はこ六六の租申政を占め、兆和銘甘術アサーーーア氏が鹿乾糸内閥む糾械し、極左派は閣外・
。に在つて外廓鎚動に従都すると共に人民職線盟約の収行む盈観する乙と〜なつね。極左分子は積年の
幣恰喘しの租復手段上し<本年二月よ旦二月中句に亘え各所で、希輿糊憎番務朗」寺舵及右黎新糊
に対する放火盤層、刑務朗褒取といふ非合法的砿接行動む敢行するに至え政肘も亦珂粋鵜の挿済、
希罪遊動に参加する退役罪人の思給梯刺搬など乙れに拍串をかける非常手段を執つね食め、希艶の反
政肘鎚動は地下に潜つて潜府的とな鼻」央れだけに却て触窺味且つ一淘帥凝の危瞼性を孝みりゝあク
ね。他上月十三日岬粋寮カルポ・ソテー氏が政府の督甘と日せらj〜忘叩の名に噂穀せられるや、右
環沃瀧極度の衝動を輿へ、遊に七月十七日夜陰ほ乗じて芸ツフ軍の軟起JなA内乱勃教の口火が
切亡ソれるに至つねのである0
内乱働発以鷹の職況は略閲(ニ十六宮参照)に示す如く反政府黎の優働む示しっ〜あるもの\政府
佃その後の措樫を見るに、九月五日、海箪航察和デ,エ1氏を埼じて敬衷されね新内閑網憐、九月十
五日力〆,言骨相が蘇紙デラタダ紙鴇択u長に輿へね曾見談、泣に九月十六日〆宇外潮の鞋者故は、
何れもフアYスト駒滅の決意を衷明しねものであぇ他ガ九月廿九臼附大統飼令を以て、氏軍に軍人
の費格及特樺を賦輿し、十月三日附む以て金貸、金娩、外駒株式及有僻欝券のスベイソ銀行に引渡方
を命令し、赤同日附を以て金、銀及之を曾有する銅也の焚輸に柳する大統怖令を公布如時健克する等、

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非冊手段に依つても佃く迄反政府罪と杭節む網け人との決意を堅めて居カ、何れが腱つにしても内胤
の終蛤を見るのは前漁佃泣いのではないかと鬼られる。
不千渉協兄と
列強の動書
フラソスの捉唱に兆く不干渉協定を有効他する為、ワソドソに召兆されカ不干
「渉節施閑際委貝禽は、九月九日の欝一同禽合以衆約一ケ月剛は粥串手績、協定法
榊化の賓料光典など、此較的触難な訊超を岡歓的に取故つてゐカ角でもあらうが、衷南牢穏無都孜進行
姦けてゐ穴が、十月九日の本令前に至丸果然晴礁に舜上げるに室つね。梁制沸騰の種を砧いねの
は、地元のスベイソと蘇聯で、預ねて不干渉協定を機らずとせるスぺイソ政肘は十月三日外図の反政
府鞋按助都例に陶しスベイソ聯盟代衷がジユネープに於て配布せる九月十五日附スベイソ政肘敬猥、
伊、礪各拘政府宛態翰をスベイン政府が公衷し、更に六日スぺイソ代表がジユネーデに於て、牛公式に
配都せる不干渉伎犯に陶する串例む列拳しね池牒文む凝衷するに及んで、閲係列圃は粕常の刺戟む受
けて居る矢先き、七日Xソドソの各紙が、蘇聯は他固の達反が中止せられない限んヽ対西不干渉協定
ょみ脱週すべき旨を英園側に通督し允と報じね魚め、不干渉賓施委員曾を舞轟とし<、利審牌係図間の
疑心臍鬼は俄然浪厚他するに室つねのである。
帥ち九日の本禽耗に於ける廃週を見るに、英圃委貝は先づ自己の費任に於て、不干渉協定逢反に掲
しスベイy政府から受鮪しカ文啓を鞋出し、若し方所載事項中其の串苦る乙とが列明するに於ては
明らかに遵反行希があるものと観めぎるを禅ないから、迅速且徹底的に調査の必要があると主張せる
に対し、伊、濁、葡各葬貝は夫ミ留保的考明を名し、結局エ雪面の文審に依る訟明む妥求する乙とに
決定しすこ鷹頻は附いたが、次で前鴻所謂蘇聯の爆押的通骨が審講に附せられるや、伊固委員〆ラy
デイ大使は逆に蘇聯側の協定蓮反を拳げ、蘇聯が本協定義務よ阜舵週しやうと欲するならば虚構の事
耳に依つて他園政府に責任む特嫁するやうな態度む勒らないが艮い0イクタIは〓図の一方的狗断に
基く協定失数の結果に尉しては茸任を負ふ乙とは出衆ない0斯かる賓任は曹該固だけで負碑すべきだ
と彗E、狗乙委貝も赤蘇聯の態度は金く政治的策動で委員曾の樺限外の間堰だと傭酬し、塵聯委旦
はとれに対し遵反防止の有効なる措麿を誘ずべき必妥を強調し物別れとなつねq
次で葡萄牙の協定遵反に閑聯し、西、葡固壌に調査葬貝禽を浜遣すべし与る蘇聯側碇秦に閑して対
耗しねが、捧局右遵反串賓と群せらるゝ虜を葡萄牙托汲骨し、耳の同答を待つて委貝任命同堰を協鶏し
ゃぅと云ふ乙とで散曾となつねが、同日の曾耗が午前十一時争よ阜午後一時十五分、次で伺四時よさ
夜九時迄前後七時間を零しね鮎から見ても如何に準論が紛糾しねか想像に飴さある。
蘇聯側の爆狩的通骨は、不干渉調整委貝曾に対する蒜石には相遵なかつねが、杏Hのクイムそ
データトチレ〆ラフ、モ三ソ〆・ポヌト、デI,IJ−ル等倫敦の有力紙は何れも蘇聯側の態度は件
意的ゼスチミノであつてフーフソスはその渦中に引込まれな・いやう響戒すべき要ある乙と、英彿は監く

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捜梢して中立的澄む以て終始すべさ在どの背冊的論押む掴げ、他方巴盟に於ても十日ル・汐ユルナ■
ル、クーヴル、エヲド・バ,節の綿紙はヾフクソスが蘇聯の爆押通脅に轟ぜられないやう冷押む失は
ざるべき乙とむ抑炎し、鮮聯の一投石は却て英珊の綽兇む強北するといふ淀敦果を耶しね戚を抱かし
むるに寅つね。
不干沖協定成立待と舵も、肝心のスベイソ政肘側が乙れに不響表明して居る外、仇藤弼駒の極左
介子は横舶紙或は甥行鎚動む以て乙れに反対の気勢む凝げつ〜あつ熊乙とは、前岡に於ても乙れむ拍
摘したが、スベイソ内乱に閑する恥身英怖の沼槌的兆同職線が意外に幣腎乙とは、少くも欧州に於
ける和状緋持派の聴む弧うする虞であらう。
術みれば昨年以凍狗乙の署菰、伊エ紛率、猫乙のXカルノ條約膚東、ライソ地方占披、頼い<イ
クサlのさチオビヤ呼曾寄とす−ワツバに相次いで大串件が朝磯し、現胱純持状の心脇姦から・レ
め、仰浦解決に藤身出しね岡際聯盟は徒らに舶の軽就む岡はれカのみであつねが、此れも本む匡せば
英怖開岡の利客が一致して桝らなかつね畢といふ乙とが出本る0元凍、同じく現状堆持、固際聯盟擁
稚の馴日を粥げても英河は寄ら太陽の洩する乙・最しと狩る大版同の現状確傑を主睨として居るに対
し、フラyスは偶く迄大戦に依つて拭符しね対狗饉野を後銀九串に雑持しやうといふのであるから、伊
エ紛帝に常つては非閑が筒を吹け富偽は榊らず、狗乙の蒋零僻、タイy地方占領にフタソスが鶉ら
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ベイソ内乱は朗漁スベイエ珂の由乳で、伊エ紛節や、狗乙の帝畢傭とは事備を典にして居る0英と
しては伊エ紛節以雑地申海の制輝樺がフアyスト、イク,−の盈惨に梵食されね折柄、丙部地中梅の
宰衝バレアYス群仏迄火節泥され(略間参照)ては大痛手ほ逮ない。狗乙の普菰が急遽庶に港行し、
掬伊接庇が現宮化しっ〜ある昨今丙隣のスベイソがフアツyズム、ニナチズふの洗租に著延つては沸も
こ等岡払戌鼻下がる外ないかも知れ氾。徹つて英にしろ怖にしろスベイソ内軋の蹄鳩には異常な粥心
を不して樹るのだが、うかくと干渉にで軋轟さ山川さう袖のなら、それ乙そ、ヲーアツバは蒋び戦軋
の巷と偲す惧が多介だ。之が英俄のコソビが意外に堅い理由の筋一に畢げる乙とが出来やう。
攻に見池す乙との椚密ののはフタソヌの金融的破鹿である。瀧‡は壌年英犬なる赤字樹き、珂内に
は大柁菓が絹凝する有横に金魂は奔流の如く圃外に流出し、一九三一年英の金輸出蒋楽止以凍事ある
尋に倖へられねフラソスの平倍切下げは愈モ不可避の形勢・妄つね。フラソの切下げ、伸の財政建
夜しの為には少くとも英米南固の好意的中立、出水れば税樋的按助が崇ましい。一九三一年財界の大
混乳に際してフラyスに苛め披かれね英固は偶を盟主与る金デ;クを日壕に執拗な勒を頼けて森

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ねが、英駒の態度が此の騰ならばフランの切下げも到底皆救ふに足絹申のは見え透いで虐る0果せ
るかな、九月二十六日フラy平偵切下げの凝表む見るや、聾別に英、米、彿三固岡に通貸安定に園する紳
士的節解が成立して居ね乙とが切にされ、竣へて十月十二日には同じく三飼開に金の流通に鞠する協
定が戌立せる旨公表さる1に室つねのは、傭のプルム甘相が珂内の強カな反対を坤へて対西不干渉岡
想に於て英に追随せざるを禅なかつね粛この理由と謂ふ乙とが出凍る。
拘よ身朝三暮四のヲヱaバ政局の乙とであるから軽々に港斯を許さ氾が、スベイソ内乱が筋二次
大戦の口火となる可能性が斯くして漸次薄らぎりゝあるとの批測を下すものが多くなつカのは曹鈷
で、スベイソ内胤が純飴ねる尉内紛率に琴苅せらるゝや不やは結局前記英沸軋網の賛性如何に係る
ものと鞘ふも…彗写あるせい。ハ完)


木月十四日睾汀淵零第−故十巧貫十二行r現定革ニ・ニーハー規行溌率ニ・六」、ニ十〓至雪稚方稚券」ハ「地方債野
券」ノ執モ訊大輩紀官